『ゲーム』ってのは元々『想像力』あっての意義。
さもなくば人類史上ま~ったくの無駄動作。衣食住において一切不要。
でも現代は真逆やん。
「ググリ実践」という謎目的に習性ごと差し変わってるやん。
Googleが即ググリ即成果のみ重視。万人一色tier表などを大促進。
犬や鵜、および万人一色セーブデータが大蔓延。
試合全体がおかしな光景になってでも効率値優先、他は成果ハラスメント対象、というユーザー風習へ。
ゲーム側はそれに合わせてインフレ商売。(同罪)
つまりGoogle審査AI(検索クローラーやアドセンス審査員)も大いに加担者なのだ。
当サイトのような個人日記は、検索アルゴリズム上から公式的に外されつつあるそう。(2025年現在)
※一応Googleなりの罪滅ぼしとして『Helpful content update』とやらもある。
本来、現場思考ごと無意識にシェアでき、そこらの攻略よりも遥かに身になるのが日記。
体験や感想力などを競うマイログ(マイ城)構築⇒そこに相互交流⇒やる人はそこにごく軽い店(広告など)も設ける。
…これが元来の日記ジャンル。
しかし日記にさえも攻略口調などを要求。
もはや目的を履き違えすぎ。
ジャンル極化できていないという基礎的な本末転倒状態。
その割に、攻略性ゼロの量産コピペサイトを全く抑止していない矛盾。
真似事は要らん。
かつて2010年前後、配信者文化が爆流行したのは「想像力」あってのもの。
個人でもまるでテレビ局以上の何かを発信できる…それが肝だった。
でも今や「楽して人気者になれる」の部分しか見えてない奴ばかりやん。
だ~からゲームユーザーとしても真似事プレイばかり。
現代人口9割以上。
人間価値あらずの量産無機物共がいつか世を占めきったころには、トランプかプーチンが容赦なく制裁しそう。
例えば犬や鵜には経済的価値が「奴隷階級なりに稼いでは課金」だけ。
知能的に外交価値もいつか消える。
敗戦国イエローモンキーたる日本人は、人権(ときには理性失ってリアル刃)を掲げてまでその無価値セーブデータ死守するよりも、まずゲームが何の上で成立しているのかを親先生から教わろう。